先日、ある「募集」に目がとまりました。
それは『「夫の育休」について取材してください!』というもの。
募集していたのは、ワークショップデザイナーの臼井隆志さん。
今まさに育児休業中の臼井さんは、夫が育休を取るメリットについて実感していることは多くあるものの、自分ひとりの事例では不足があるので、誰かとお話しながら整理したい!という意図で、取材を募集されていました。
育休は会社の利益になるのか?男性育休を企業研修にするためにはどうアクションすると効果的なのか?
育休中の活動をきっかけに事業をスタートした手塚純子さんも交えながら、ざっくばらんにお話した内容をお伝えします。
■臼井 隆志(うすいたかし・右)
ワークショップデザイナー。0歳の父。2018年8月〜9月半ばまで育休取得、一旦復帰後、現在2回目の育休を取得中。
■手塚 純子(てづかじゅんこ・左)
3歳、1歳の母。第二子の育児休業中に会社を退職し、千葉県流山市でコミュニティ創出・ヘルスケア事業を行う株式会社WaCreationを創業。
コストパフォーマンス意識、やらないことを決める・・育休は家庭へのインターンだ
── 男性育休について言葉になってきたことや、更に整理したいことはありますか?
臼井:「育休が取りづらい」と感じる男性もいる中で、取った自分はどんなアクションをしたらいいだろう?ということです。
ぼくは派遣社員で、副業もして、組織の中にいながらフリーランスのような働き方をしていた。
「育休取ります」というのも、とても言いやすかったんです。
ぼくが男性も育休を取った方がいいと思う理由は、経営者視点を学べるから。
育休は「休み」ではなく家庭へのインターンだと思うんです。
「国からの育児休業給付金と貯金で、どう生活を回すか?」
「家事に投資することで、どのくらい時間ができるか?」
「時間ができたことで、どのくらい精神的な余裕が生まれ、ほかに何ができるようになるのか?」
家にいると自分なりに経営意識をもって家庭を回したりコスト管理ができる。
こうした視点を組み入れ、男性育休を企業の研修にしたいと思っています。
例えばうちでは、家事に関してできる限りコスパで対処していて、大きいところでは乾燥機付きの洗濯機を購入。干す作業をやめました。
やめた分の時間を娘と遊ぶことに充て、家族としての幸福度が高まった実感があります。それって経営者としてのレベルが上がっているってことだし、自信にもなりますね。
臼井:食事のメニューも固定化。献立を考える必要が無いし、食材ストックを溜めこまないので楽です。
「やらないことを決める」感覚も、家庭を回しているとよく分かってきます。
手塚:育児に関して、なんで?どうして?とwebで検索してしまう親御さんもいらっしゃると思います。
でも調べるほど何も信じられくなるので、本当はある程度でやめられたらいいですよね。
臼井:際限ないですものね。ぼくの場合「気になるけど調べない!」と決めていることもあります。
セオリーにはそれなりの強みがあるはずなので、セオリーは活かすようにしています。
6ヶ月の娘の離乳食は「大人がスプーンで口に運んで与える」という段階。
これでは自分で口に持っていく発達につながらないのですが、離乳食の本には『自ら口に持っていく訓練はつかみ食べの時期から』とあります。
ぼく自身は赤ちゃんの発達を学んでいるので、6ヶ月の子も自ら口に運ぶことができると知っているけれど、そこはセオリーにしたがって、いまはやらないと決めています。
だんだんと、やらないことを決めるのが楽しくなってきますね。
そんなことを考えながら1回目の育休を過ごし、復帰して久々に仕事に戻ったとき、やらなくてもいい仕事があることに気がつきました。
── 優先順位づけが上手になりますよね。求められていることは「コレ」だから、「アレ」と「ソレ」はやる必要がない、というのが見えてきます。
育休って、会社にはどんなメリットがあるの?
臼井:育休、時短、リモートワーク、副業。
さまざまな働き方の選択肢を組み合わせ、育児しながら、家事を支え合いながら働く、その権利は誰にでもあります。
でも会社側が働き方にまつわる制度や、実際に働き方がどう変わるかイメージできずに、「なんでオフィスに来ないの?」「22時まで働くのが当たり前でしょ?」と思っていると、働き方改革は進んでいかない。
手塚:私が企業向けの人材開発の営業をしていた時は、企業が自社の働き方改革を行うメリットは「人材育成ができること」だと考えていました。
理由の1つが、経営者視点の獲得と個人のスキル向上。
私も、家のことって経営に置き換えて考えられると思うんです。
収入や支出というコスト管理、取り巻く状況の変動、子育てという人材育成、家事育児を担うプレイヤーの育成、夫婦同士の関係性構築。ノンストップの育児生活でメンタルも強くなりますし、良質な原体験になるので、会社で経営の研修を受けるよりも断然効果があるんです。
もう1つの理由が、育休や多様な働き方を経験することで、子育て世代のマーケット調査ができること。
生活に思いっきりダイブすることで、子育て世代がリアルにどう思っているかを体験し、社会課題を知る。
職場復帰後、そうした課題のソリューションを、ビジネスとして考えられるようになった方も知っています。
手塚:子育て世代が直面する可能性がある社会課題というと、「子どもがアレルギーでレシピを開発しないと食べられるものがない」「育児と仕事の両立が大変」「介護と育児のダブルケアが大変」といったこと。
こうした社会課題の実際を知らない企業が、どうやってその課題を解決することができるんだ?と、正直思います。
私の友人のパートナーは新規事業開発部の男性マネージャーなのですが、2ヶ月育休を取得しました。
家にいる間、「毎食のメニューを考えるのは、面倒だし大変」ということを知り、復帰後にレシピアプリを開発してリリース、結果昇格したんです。
家庭生活が仕事にちゃんとつながっている例ですよね。
家庭は経営に置き換えられるが、夫婦の位置付けは一律ではない
手塚:難しいのは「育休が経営の勉強になる」という視点を、誰もが自然に持てるわけではないこと。
臼井:そうですよね。ぼくもある程度経営の勉強をしていたから、そう思えたわけで。
手塚:「育休を経てスキルが上がった」「ビジネスに役に立つ視点を獲得できた」と誰でもが実感できるかどうかは、キーになる気がします。
臼井:ぼくの場合、妻の関わり方が大きいです。指摘はするけどダメ出しはしない。
「靴下ぬぎっぱなしだよ」とは言うけど、「なんで靴下ぬぎっぱなしなの?!」とは言わないんです。
だからやる気を削がずに、家事や育児ができるようになっていく。
「わが家にとって何が大事かっていうとね」ということも、よく話してくれます。
これ、企業でいうビジョン・ミッションのようなものだなと思っていて。
良いリーダーって、自ら手を動かすよりも、ビジョン・ミッションをしつこく言い続ける人だと思うんですよ。
それがチームに浸透していても言い続ける。
家庭の経営において、妻はマネージャーという位置づけかもしれません。
洗濯機をどこから買うか比較検討して決定する、そういう業務系はぼくが担当していますね。
手塚:『妻がマネージャー、つまり上司としてビジョン・ミッションを語り、夫が業務遂行する』
とても良いバランスですが、夫婦や家族間で、妻がある程度のポジショニングを受け入れられていない場合、この構成の実現は難しい気がします。
── 私の場合、専業主婦だった時期、家庭の中での自分のポジショニングを低く見積もっていました。
稼いでいるのは夫、私は消費ばかり…という意識が強くて。
家族としてどうするのが幸せ?とか、経営やマネジメントの視点も持てなかったですね。
臼井:なるほど。「誰でも経営視点を持てるように」とは言っても、だからといって家庭経営における夫婦の位置付けを一律に定義することはできないですね。
臼井:ぼく自身は、結婚してから「自分の人生の主人公は自分だけじゃない」と思うようになりました。
むしろ妻を主人公として人生を考えるほうが、自分の世界観や結婚生活が面白くなると思っていて。
メンターがどう決意してシナリオにコミットしていくか?っていうところが、展開としてアツイなと。
映画でいうと、スターウォーズのマスター・ヨーダみたいな 笑
料理家の土井善晴さんが、『女性のほうが幸福の何たるかを知っていて、男性はフォロワーになったほうが家庭の幸福度をあがるのでは?』とおっしゃっていたことがあって、大変共感しますし、この考え方を持つ男性は、ぼくだけじゃないと思うんです。
お金、働き方、子どもとの関わり方−−育休を経て「幸福度」を基準に生き方を考えるようになった
臼井:育休取得の期間や働き方を選択する基準には、自分や家族にとっての幸福度があると思います。
手塚:私は育休中に、収入は重要だけど、収入が多いことが私の幸せとイコールではないことに気がつきました。育休中は支出も減るので、予想していたよりも家計へのダメージが少なくて。
臼井:自炊が増えて、外食に使うお金が減りますもんね。
手塚:今まで何にお金を使っていたの?と思い出しながら、自分の幸福度がどう変わったか考えたんです。
給与が50%減っても、家にいる時間を増やし、家族と過ごす時間の満足度を上げ、ご飯を作ってゆっくり食べて、いい景色を見る。
その方が、これまでの水準の給与を得て生活するよりも、私は幸せだと感じていました。
手塚:幸福度が変化する分岐点は、たくさんありました。
1人目の育休のときは、目の前の小さな子、家族、地域社会、自分の体のメンテナンスに向き合っていたけれど、2人目の育休では、上の子にとっての私の時間というのもプラスされて。
臼井:上のお子さんとの関係性や、過ごし方も変わりますよね。
手塚:例えば公園に行って「今日はロボットをつくろう!」とテーマを決めて、答えを教えずに、時間をたっぷり取ってやってみたり。
集団保育より家庭教育の方が良いという考え方とはちょっと違うんですけど、”つくる”ことを、周りに合わせず、ゆっくり自由に体験させるっていいなと思ったんですよね。
臼井:上のお子さんと一緒に遊ぶ中に”つくる”ことがあって、そこから家庭教育の方針が見えたような感覚ですか?
手塚:はい。育休中は、こうしたことを考える時間が取れるんですよね。
こうした価値観の変化が、地域での創業にもつながりました。
会社員だった頃と比べれば収入は減りましたが、まちに生活するさまざまな方と対話したり、今回のように臼井さんと出会えるような機会なんて無かったので、総合して、今の生活の方が幸福度は高く感じています。
男性育休を企業研修に!壁打ちしながらアイディア出し
── 私が「育休をどう活かすか」というテーマに関心を持ったきっかけは、夫の変化です。
社会の中に「女性の幸福ってこういうこと」という偏った見方がいまだ強くある。
男女関係なく、それぞれの人が自分らしく働き生活していくには、男性が変わる方が良いのでは?という視点を、夫が持つようになりました。
転職先の経営役職の男性陣が率先して育休を取得していたことが大きかったと思います。
臼井:旦那さん自身が、学びのコミュニティにいたのですね。
ぼくは1つのゴールとして、男性の育児休業を研修にする仕事をつくりたいと思っているんです。
手塚:臼井さんが、育休を取得した男性とお話できる機会があるといいですよね。
その方々のパートナーも呼んで、お互いの感覚の違いや意識の変化について聞いたり、逆に臼井さんが質問してもらったりするような座談会を設けて整理していくとか。
── いろいろな家庭の育休事例を比較して共通の要素を拾いあげ、研修につなげていけるといいですよね。
臼井:「育休中にどういうケアがあったらよかったか」「育休前に知っておきたかったこと」「これから取る後輩たちに伝えたいこと」
このあたりの情報を抽出したいですね。
育休の事前研修や、育休中の自発的な気づきや学びを促すための方法として、活用できるかなと。
手塚:いいですね。こういうことを育休を取った男性が発信すると世の中の注目度が高いと思います。
人材研修関連・働き方改革を推進している・推進したいがうまくいかず悩んでいる、そうした企業向けに研修ができるよう、座談会で整理するといいかもしれません。
臼井:育休経験男性の座談会はネットでもよく見かけますが、現状「取りづらい」「言い出しにくい」と感じる方も、育休が取得できるようにしていきたいです。
手塚:講演されている方はいらしても、男性育休を一般的化するためにファシリテートしている方って聞いたことがないですね。
臼井:そうか。今の日本ではまだ、「一般化するために具体的にどうする」という学習の喚起がうまくいっていないのかもしれないですね。
手塚:「男性は外で働き、女性は専業主婦で家事育児を担う」という価値観の社会で働いていた方がいま経営層にいると考えると、企業の中から変わるには時間を要する気がします。
例えば、若い世代や実際に育休を取った人たちが「男性育休でこういうメリットがあった」と企業に提案を持っていくくらいしないと、変えるインパクトが無いのかもしれません。
「男性育休を推進することで、御社の利益があがります」という営業を、決裁権のある経営層に対してかけるんです。
育休に関してSNSやブログ等での発信は増えましたが、これらは決裁権を持つ方にはリーチしにくい。
臼井:利益につながると思えたら、取得を推進しますよね。
手塚:利益の上げ方は企業ごとに異なるから、「なぜ男性社員は育休を取る必要があるのか」という推進目的も会社ごとに変わるはず。
・経営者視点が育成されるから。
・生活マーケットを理解できるから。
・親子世代の課題解決になるから。
・社員の起業家精神を育てないと事業が成長しないから、など。
こうした目的を男性社員が理解している必要性が高い企業に対して、育児休業を研修と位置づけてファシリテートしていくのは良いかもしれない。
臼井:会社として育休を推進するメリットや目的をセットできていると、短期的に人が減るという目の前のデメリットだけではなく、経営に関してより俯瞰した見方ができますよね。
手塚:ニュース性のある企業で実施すれば発信力もありますし、さらに発信・整理する人が増えていくと思います。