千葉県流山市のコミュニティスペース machimin(まちみん)では、「糸かけ数楽(すうがく)アート」というワークショップを定期的に開催しています。
こちらの写真が「糸かけ数楽アート」。
板に釘を打ち、その釘に糸をかけて作りますが、作り方に決まったルールは無く、遊び楽しむことを一番大切にしています。
好きな色の糸を使い、楽しみながら作っていく中で算数の法則が見つかったり、アート作品ができあがったり。
人生で一度も糸をかけたことがない方からアーティストとして日々研究されている方まで、実にさまざまな方が集まり、ほぼ毎回満席となるとても人気のワークショップです。
このワークショップで、今年の9月まで講師を務めたのが、鈴木裕子さんと渡辺恵莉香さん。
お2人は糸かけアートを作った経験がほとんど無いにも関わらず「講師をやってみない?」と声をかけられ、糸かけアートの講師になったのだそう。
さまざまな人が集まるコミュニティスペースで活動することを通じ、お2人は自身に対する理解を深めていきます。
迷いながら、そして綺麗に解決せずとも、自分自身を大切にするプロセスを確実に踏んでいく。お2人へのインタビューから、そんなリアルな姿や心の動きが浮かび上がってきました。
◾️鈴木 裕子(すずきゆうこ・左)
流山市在住。4歳と1歳の子育て中で、現在は第二子の育児休業中。
2019年よりパートナーの仕事の関係で約2年間アメリカへ行くことに。
◾️渡辺 恵莉香(わたなべえりか・右)
流山市在住。元保育士で、現在は専業主婦。
小6と1歳の子育て中で、2018年12月に第3子を出産予定。
(糸かけ数楽アートの詳細はこちら→糸かけ数楽アートデザイン協会)
「糸かけの講師やってみない?というか、やって!」
── 糸かけアートを作ったことはあったの?
鈴木:ううん、一度もなかった。
今年の4月末にmachiminのオープン1ヶ月記念として、machiminに集まった人々みんなで1つの大きな糸かけアートをつくるというイベントがあったのだけど、そこでやったのが初めて。
── その次からもう、講師を?
鈴木:うん。
── なんか、すごいね、いろいろ 笑
鈴木:う、うん 笑
糸かけに慣れるよりも先に「まずは講師を一回やってみましょう」と話が進んでいて。すごい順番だよね。
渡辺:ゆうちゃん(鈴木さんのこと)とは、講師デビューに向けた糸かけの練習の日に初めて会いました。
お互いに子どもを連れて来ていて、同じくらいの月齢だねってことも話したんです。
そのときに、これを2人で一緒に、教えてもらいながら作りました。
(2人の合作の糸かけアート)
── 鈴木さん自身が「講師をやろう」と決めたのは、どうして?
鈴木:私はmachiminのスタッフをしていたんだけど、決まったことだけやっているのはmachiminの主旨と違うように感じていて。
主体的にmachiminに関われることを何かやりたいと思って、講師になろうと決めました。
── 渡辺さんは講師に誘われたとき、どう思った?
渡辺:楽しい!って、思いました。
これまでいろいろなワークショップに行きましたが全て参加する立場だったので、講師に誘ってもらったとき、「私も提供する立場になっていいんだ」と嬉しくて、それで引き受けました。
だんだんと、ビビってきたんですけどね 笑
(左端が渡辺さん、右端が鈴木さん)
自分の時間を作るために、子どもを一時保育に預けること
糸かけワークショップの講師をする際、お2人はお子さんを一時保育に預け、単身でmachiminへ来られるそう。
そのことについて聞いてみました。
鈴木:講師を始めたのは5月で、下の子が1歳になる頃。
活発に動くから目が離せなくて、何かを集中してやりたい時は子どもを預けたいなと、ちょうど思い始めた頃だった。
それで、どうせ預けるならその時間をほかの誰かと会うことに使いたいなと思ったの。
── それは、どうして?
鈴木:自分1人でショッピングに行っても、ただそれだけというか。
それよりは人と会う方が、私にとっては合っているかなと思って。
ワークショップなら必ず誰かが来るし、そうした誰かと会えるイベントであることも、講師をやろうと思った理由の1つ。
講師をするために子どもを保育園に預けることは、罪悪感は0ではないけど、抵抗は無いよ。
── 渡辺さんは、子どもを一時保育に預けることに抵抗はある?
渡辺:無いかな。
私も保育士をしていたから、保育園が安心して過ごせる場所だと知っていたしね。息子は慣れていないから、泣いちゃうんだけど。
泣いている息子を前に、保育士さんから「お母さん、大丈夫だから行っていいよ」って言われると少し悲しくなるけど、保育園を出て車に乗ってしまえば、まあ大丈夫かなって気持ちが切り替わる。
だから、子どもを保育園に預けて働きに出ることも、それが子どもにとってかわいそうなことだとは思わない。
自分が保育士として働いていた時に、そのことを気にされる親御さんがいらしたけど、「全然大丈夫だよ~」って思ってた。
── 糸かけの講師をする前は、預けていなかったの?
渡辺:そう、預けずにずっと一緒にいた。
自分の意志で動く月齢でもなく、一緒にいても私は自分のことができたから。
不思議なんだけど、保育園に預けた後の方が、子どもってかわいく見えんるだよね。
鈴木:子どもとずっと一緒にいるよりも、離れる時間があった方がいいよね。
渡辺:保育士さんから「今日こんなことができたんですよ」って、保育園での成長を聞けるのも、とても嬉しい。
── 自分が知らないところで、誰かが子どもの成長を見てくれているって嬉しいよね。
渡辺:うん。講師になったことは子どもを預けるいいきっかけになったし、いろいろな世代の人と関わる機会になったと思う。
講師をしてみて、どうだった?
赤ちゃんと一緒に参加できるワークショップを開催するにあたり、けがなどのトラブルなく安全に進行できるよう、机のレイアウトや、はさみ・釘をどこに置くかなど、さまざまなことを事前に考慮し、工夫しながら第1回目のワークショップを開催したのだそうです。
── 講師として一番最初のワークショップ、どうだった?
渡辺:すんごい緊張した!
鈴木:私も!だから、2人でよかったと思って。
── これまで月に1〜2回、9月まで講師をやってきたけど、どう?もう緊張しない?
渡辺:いやぁ・・・。でも、最初のころよりは。
── いざスタートして、参加者さんと一緒に糸かけをしてみて、どうだった?
鈴木:最初は「しっかり教えなきゃ!」って構えてたんだけど、教えなくても皆さん、糸かけできるんだよね。
私たちは困っているときにサポートするだけで、基本的にはその方のペースで作っていけるんだなってことが分かった。
渡辺:まさに、最初は構えてたね。
「色から教えてほしい。いまはこの色を掛けたけど、次の色はどうしたらいいかな?」って、一から一緒にやらせていただく方もいらっしゃれば、
「こういう法則になっていると思ってこうかけてみました」と、ご自身でどんどん進めていく方もいらっしゃる。
渡辺:ワークショップの参加者さん同士がコミュニケーションを取っているのをみて、machiminで糸かけをやるってそういうことなんだと思った。講師をしながら、私も皆さんと交じって子育ての話をしたり。
はじめは私が1人で「楽しそう」って思うところから始まったけれど、みんなでやる楽しさや意味があるんだなって分かった。
さまざまな人と出会う中で、自分の「これから」に向き合い始める
渡辺:machiminや糸かけのワークショップには、起業している方や、糸かけを専門に研究している方も来る。
はじめは、そうしたすごい方たちともお話しできることが、刺激的で楽しいと思っていたんだけど、だんだんと、焦りを感じるようになった。
── 焦り。
渡辺:皆さんの働き方や考え方を聞いたり、あり方を見ているうちに、私はどうなんだろう?って、焦ったの。
いまは専業主婦だけど、これからはどうするんだろう。
働くのかな?産後はなにするんだろう?そもそも働きたいのかな?
そう考え始めたことが、machiminで講師をしていく中で、自分がこれまでと変わった点だと思う。
渡辺:みんなそれぞれに優先順位があることも知って、じゃあ私の優先順位ってなんだろう?ということも、考えるようになった。
糸かけに没頭するのが楽しくて、家でも釘を打って作品をつくっているけれど、
時間は有限で、つくっている分だけ時間は減るから、家事はいままで通りにこなせなくなるんだよね。
あとは最近、活発に動くようになった息子が釘に手を出すようになってきて。
そういう時は、危ないからすぐに作るのをやめるんだけど、「中断したくなかったのに」って思う時もあるし、「家で作るなら家族と足並み揃えないといけないもんね、またやればいいや」って、考える時もある。
いまは妊娠中で気持ちが不安定になりやすいし、どうしても自分の余裕次第で優先順位が変わってきてしまうけど、ちょうどいい時間の使い方や考え方、バランスを模索している最中。
(渡辺さんの糸かけ作品)
私は自分を最優先にする。それが、家族との気持ち良いバランスにつながるから。
渡辺:ゆうちゃんは、イライラしたくないって言ってたよね。
自分を第一優先にしておけば、イライラしなくて済むって。それが、すごく印象的だった。
鈴木:うん。私にとって大事なことは、子育てにイライラしないことなの。
怒るべきときは、もちろん怒るけどね。でも、ストレスがたまって怒る必要がないところでイライラしたり、実際怒っちゃったりするのって、嫌だなって思う。
── 分かる。それ、すごく分かる。
渡辺:自分と子ども、お互いにとって良くないよね。
鈴木:そうなの。だから子どもや子育てにイライラしないために、私は自分を最優先にしておく。
子どもを一番に優先すると、イライラを子どものせいにしてしまう時が出てくる気がする。
鈴木:ひどいって思われるかもしれないんだけどさ、子どもたちが赤ちゃんの頃、泣いていてもあまり抱っこしなかったの。
雰囲気や泣き方がおかしいと感じたら気にしたとは思うけど、はじめだけ抱っこして、でもずっとはしなかった。
理由は、私が疲れてしまうから。
疲れたら結局子どもと笑顔で向き合えなくなるって、思ったからなんだよね。
子どもって、どんなに抱っこしてもあやしても、全然泣き止まないときってあるじゃない?
その時に「どうしよう」って必死になってがんばっちゃうと、私はきっと疲れちゃうだろうなって予想がついた。
だから、ある程度構っても泣き止まなかったら、何もせずにしばらくそっとしておいたんだよね。
それでもまだ泣いていたら、その時にまた抱っこしようって。
(鈴木さんの糸かけ作品)
私の中に「これが一番気持ちがいい」と思える心の状態があるんだよね。イライラしていなくて、家族とも良いバランスが取れていると思える、そういう心の状態。
その状態をキープするために、いま起きている状況を理性的に判断して、先手を打って行動しているところがあるかな。
── 自分の中で、無意識にバランスをとっているんだね。
鈴木:うん。だからSNSもやらない。私ね、真剣にやりすぎちゃうの。
他の誰かの目があると思うと、投稿する文章を気軽には書けなくて。
── もらったコメントにどう返信しようとか、内容に気を遣うよね。
鈴木:そう。投稿したら必ず誰かが「いいね」やコメントをくれるけど、そのコメントへのお返事を考えている時に子どもが隣に来て「ジャマだな」って思ってしまうのが嫌。
だから、いまはSNSとは距離をとっているんだ。独身のときは普通にやっていたんだけどね。
machiminに携わったことでできた、「車の運転」というチャレンジ
鈴木:machiminにいることで自分が変わったなと思うことの中で、個人的に一番よかったことは、車を運転するようになったことかな。
── 今まではしていなかったの?
鈴木:運転はしていたけど、家族以外の誰かを乗せたことはなかったし、距離も最低限だけだった。
運転がね、怖かったの。
でもmachiminの立ち上げ準備の時期に、寄付いただく机や備品を取りに行くために車を運転したんだ。
片道30分くらいだけど、知らない道を通って荷物を取りに行ったり、誰かを乗せてmachiminまで行ったり。これが私にとってはよかった。
冒険っていったら大げさかもしれないけれど「このくらいの距離なら運転できるかも」と思えるようになっていって、1時間半くらいの道も一人で運転できるようになったよ。
── 車の運転でのチャレンジって、タイミングがないと1人ではなかなかできないもんね。
鈴木:うん。私1人だったら、用事もないのに運転することはなかったけれど、私が運転することで手塚さんや寄付してくださる方のためにもなるし、長い距離を運転できるようになったことで、子どもと一緒に外出できる範囲も広まったし、運転を旦那さんだけに任せることも減った。
運転はね、できるようになって本当によかった。
(鈴木さんの糸かけ作品)
私自身のバランス、家族とのバランス
鈴木:えりかちゃんの旦那さんに会ったことはないけれど、話を聞いている限りだと、えりかちゃんのことを応援してくれているよね。
渡辺:そうだね、私を追い詰めるようなことはしない。
働くかどうか悩んでいることを旦那さんに打ち明けたときは、「焦らなくてもいいんじゃない?」と言ってくれた。旦那さんは家族それぞれが楽しく過ごせるのがいいって考えているから、私が講師をしても特に何も言わない。
自由にしていいよって。ぼくも自由にするけどって。
── 自分が気持ちよく生活できている時って、家族の中もうまく回ったりするよね。
渡辺:そう。私が楽しく過ごしていると、家族が楽しそうなんだよ。
旦那さんいわく「奥さんの雰囲気が家庭の雰囲気を左右する」から、私が笑っていれば何でもいいって(笑)。
(渡辺さんの糸かけ作品)
── 家族と暮らす中で、自分個人のバランスだけじゃなく、旦那さんが考えるバランスや、母として妻としてのバランスもあって、それらを擦り合わせながら生活していくって、日々調整が必要なことだよね。
糸かけ作品を作りたい、でも家事の時間が減る、どう優先順位つけてバランス取ろうか?とか。
渡辺:うん、難しいよね。専業主婦や育休中だと家にいる時間が長いけれど、掃除するために家にいるわけではないし。思いやりでやるのはもちろんいいけどね。
女の人って、人生のどの段階でもバランスを模索している気がする。子どもが産まれたり、小学校を卒業して中学生になったり、子どもがどの年齢になってもバランスを考えて柔軟に対応しようとしている。
例えば習い事を始めるにしても、「始めよう」と言うこと自体はとても簡単だけど、いざ始めたら生活時間が変わって、それに対応していかないといけない。下の子がいると余計にそうで。周りから「今だけだよ」って言われるけど、まあそりゃそうなんだけど。
こういうことをmachiminで、いろいろな人がいる中で話すのが、なんかいいんだよね。
ここだと愚痴にならなくて、ポジティブな感じに消化できるから。
── そうだね。思い悩むことがあったとしても、別に愚痴を言いたいわけではないんだよね。
鈴木:machiminで話すのって、ただ愚痴を言うのとは違う。
渡辺:愚痴ばかり言っていると停滞するような気がしてくるけど、machiminだと向上心が高い人もいっぱい集まっているから、その人たちを見ていると「自分も何とかなるのかもしれない」っていう、希望が見出せるんだよね。
「自分らしさ」や「やりたいこと」は、変化していい
インタビューさせていただきながら、お2人が妻や母という役割も持った上で「自分らしさ」を形づくっていく、その過程を見ているような気持ちになりました。
「自分らしさ」、「やりたいこと」、「できること」というのは決まりきったものではなく、ライフスタイルが変わったり歳を重ねたり、その度に変化していくし、何よりも自分を大切にしながら、見つけたり作っていくものであって良いのだと、お2人を見ていて感じました。